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「THE KINKS『ONE FOR THE ROAD』リマスター復刻盤CDライナーノーツ
ビクターVICP-60700(1999年) より

kinks

 本文章は、キンクスが1980年に発表したライヴアルバム『ワン・フォー・ザ・ロード』、リマスター復刻盤CD(1999年5月発売/ビクターVICP-60700)の、小松崎健郎氏によるライナーノーツの抜粋です。冒頭と最後にバッヂに関する記述が(!)。小松崎氏からご提供いただいたテキストデータを元にHTML化しておりますので、実際のものとは一部表記が異なる箇所があります。 ちなみに、同アルバムは2000年4月、「初回生産限定・オリジナル紙ジャケットコレクション」でも発売されており(ビクターVICP-61005)、こちらにも小松崎氏のライナーノーツが掲載されていますが、先のライナーノーツの抜粋・加筆版のため、バッヂに関する記述は含まれておりません。


作品紹介●小松崎健郎

 僕の飲み友達の一人でもある、ザ・コレクターズのスーパー・ギタリスト、古市コータロー。彼は、時として人をビックリさせるようなプレゼントを持ってくることがある。今から10年ほど前のある日のこと。夕方フラリと現れた彼、よく見ると片手にはレコードの入った袋が。「ハイ、これ、差し上げますよ」と彼から渡された、そのレコード。中を開けてみると、1980年代初期に活動していた、知る人ぞ知る、九州は博多出身のビートバンド、ザ・バッヂの4曲入り12インチ・シングル『ロンドン・パラダイス』だった。
 1980年代初期の日本のロック・シーンにあっては、いわゆる「めんたいロック」と呼ばれたイキのイイ、ロックバンドがシーンを盛り上げつつあった。現在と異なり、ロックそのものが日本においてビジネスとして成立しなかった当時ではあったが、シーナ&ザ・ロケッツの「ユー・メイ・ドリーム」の大ヒットを機に、一気にレコード会社各社の耳目が博多に注がれる。チューリップや甲斐バンドの例を挙げるまでもなく、1970年頃から九州では独自の音楽文化が栄えてはいたのだが、いわゆる「めんたいロック」と呼ばれた一派は異色だった。それはあたかもローリング・ストーンズやプリティ・シングス、キンクスらを生んだ、1963年当時のロンドンのR&Bシーンにも通じる雰囲気というか、ダークなムードに彩られていた。つまりブリティッシュ・ビートやパブロックの持つロックの初期衝動を日本の風土の中で育んだ独自のビート・ミュージック、それが「めんたいロック」だったと言えよう。伝説のサンハウス、そしてシーナ&ザ・ロケッツを筆頭に、ザ・ルースターズ、ザ・ロッカーズ、そしてザ・モッズ。今なお現役バリバリのミュージシャンを数多く輩出した、この「めんたい」シーンの中にあって、1982年に音楽評論家の保科好宏氏のプロデュースによるシングルでデビュー、さらには同年のザ・ジャム来日公演のオープニング・アクトにも選ばれるという幸運に恵まれながらも、殆ど商業的な成功を手にすることなくレーベル3社を渡り歩き、ごく少数のファンしか獲得できずに4年足らずでシーンから去っていった、3人組のビートグループ、それがザ・バッヂだ。めんたいロックというにはサウンドがポップ過ぎたし、モッズ・サウンドというにはマージービート寄り、なおかつファッションも中途半端で東京モッズ・シーンからは敬遠され、所属したレコード会社いずれもロックに慣れてなかったり、とホントに不運なバンドだった。そんな彼らが1984年に、今はなきリバスター・レコード(某大手宅急便会社の子会社だった)からキングに移籍して、初めて4曲入り12インチ・シングルというパッケージで発表したのが『ロンドン・パラダイス』というわけだ。
次ページに続く

©1999 Takeo Komatsuzaki


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